始業式

明日は小学校の始業式。
娘は行かないだろうけど、私はどうしようか。
クラス替えはないみたいだけど先生は変わりそう。
2年前の始業式のことを思い出す。
娘が学校に行けなくなったのが3年生のとき。
「先生がこわい」と言い出したのがきっかけ(だと私は思っている)。
マシンガントークで子どもの言うことも親の言うことも全部途中でさえぎって喋り続けるものすごいパワフルなおばちゃん先生だった。
同伴登校もたくさんしたので、先生に会う機会は山ほどあったのに、
言いたいことの1%も言わせてもらえなかった。
見ているかぎり、子どもたちも、自分の意見を言う前に先生のマシンガンで撃たれまくってるという印象だった。
こんなに支配されて、子どもたちは苦しくないのかなあ〜。私ならムリ!と思いながら授業を聞いていたものだった。
娘は学校に行くたびに顔がこわばり、能面みたいな表情で感情をシャットアウトするようになった。
それで、もう無理して行かなくていい、ということになった。
そして、4年生にあがったときの始業式。
「もしかしたら先生も変わるかもしれないし、楽しい先生かもしれないし」っていう期待で登校。
その期待はあっという間に打ち砕かれた。
新しい担任はマシンガントークおばさんよりもっと年上のがっかりおばさんだった。
おばさんは新しいクラスのみんなを屋上の炎天下に体育座りをさせて、延々と説教をした。
いわく、「先生は習字が好きです。習字を書くときは、真剣に、初めから“失敗しないように”書きます。みなさんも、なんでも最初から“失敗しないように”真剣にやっていきましょう」
その話を聞いていた私はものすごい違和感に包まれて、怒りさえ覚えてしまった。
失敗しないようにって、おかしいよね。
失敗してもいい! 間違ってもいい! 挑戦してやってみて、失敗したらやり直せばいい。間違っていたら、ごめんなさいって言えればいい。
私はそういうふうに子どもに伝えてきたつもりだったから。
あとね、おばさん先生は福島県出身でした。「みなさんは勉強を一生懸命しなければいけません。福島の子どもたちは今、勉強したくてもできないんです。みなさんには学校があります。勉強することができます。そのことに感謝しまければいけません」
この話も、私にはかなり違和感がありました。
震災にあった子どもたちはもちろん大変です。でも、東京で余震や放射能を浴びながらも一生懸命生きていかなくちゃいけない子どもたちだって大変です。感謝して勉強しなくちゃなんて、おこがましい考えのような気もします。
その後はいじめの話。「先生はいじめをする子の気持ちがわかりません……」
もう、この時点でアウト!
そこ、わかろうとしなくちゃだめでしょ! いじめは加害者の気持ちをわかろうとしなくちゃなくならないでしょ。
もう、だめ! 
しかも、話が長い、長い。私なんか吐き気までしてきちゃったもん。子どもたちはなんで平気なんだろう……
かくして、学校から帰ってきた娘はひとこと、
「明日からもう行かない」
そうだね。もう、それでいいと思うよ。

は〜。今年は6年生。どうなることやら。
ドラマチックな展開を期待しながら、母業を楽しませてもらいますわ。
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by momeco | 2013-04-07 12:24 | 日常


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